>> KEN ISHII [70 Drums]

‘93年、ベルギーのテクノレーベル「R&SRecords」からデビュー。イギリス音楽誌「NME」のテクノチャートでNo.1を獲得、その名を世界に知らしめる。

 '95年、アルバム「Jelly Tones」(R&S/SONY)をリリースし、大ヒットを記録。'96年には、「Jelly Tones」からのシングル「Extra」のビデオクリップ(映画「AKIRA」の作画監督/森本晃司監督作品)が、イギリスの“MTV Dance Video Of The Year”を受賞。日本人として世界に通用する音作りができるパイオニア的存在として、ワールドワイドで高い評価を得ている。

 '98年、長野オリンピック・オフィシャル・テーマのインターナショナル版を作曲、世界70カ国以上で常時オンエア。2000年には、アメリカのニュース週刊誌「Newsweek」で表紙&巻頭インタビューを飾る。同年、織田裕二主演の映画「WHITEOUT」の音楽を制作。

 アーティスト、DJ、プロデューサー、リミキサーとして幅広く活動し、最近は1年の2/3もの時間をヨーロッパ、アジア、北/南アメリカ、オセアニア等、海外でのDJで過ごし、まさにインターナショナルなアーティストとして活躍している。

 '04年スペイン・イビサ島で行われているダンス・ミュージック界最高峰の「DJ Awards」で“Best Techno DJ”を受賞、名実共に世界一を獲得。昨年は愛・地球博で日本政府が主催する瀬戸日本館の音楽を担当。今や彼の才能は全世界に知れ渡り、留まることを知らない。

 '05年9月には2枚組ミックス・アルバム「PLAY, PAUSE AND PLAY」をリリース。ダンスフロアで機能することを追求した別プロジェクト FLR でのリリース(REEL MUSIQ)も重ねている。'06年11月、4年ぶりとなるオリジナル・アルバム「SUNRISER」をリリース。

KEN ISHII

>> DERRICK MAY [DETROIT / US]

 1980年代後半、デトロイトから世界へ向けて放たれた「Strings Of Life」は、新しい時代の幕開けを告げる名曲であった。自身のレーベル[TRANSMAT]から「Nudo Photo」、「The Beginning」、「Icon」、「Beyond The Dance」等、今でも色褪せない輝きを放つ数々の傑作を発表し、Juan Atkins、KevinSaundersonと共にデトロイト・テクノのオリジネ―ターとして世界中のダンス・ミュージック・シーンに多大な影響を与え続けている。

 90年代前半まで多くの傑作を発表してきたが、レコード会社とのトラブル等もあり1992年以降はほとんど作品を発表せず、沈黙を守り続けている。しかし、DJとして絶大な人気を誇り、世界で最も多忙なDJの一人として活躍し、数々の伝説を残している。

 シカゴ・ハウスの伝説のDJ:Ron Hardyに多大な影響を受けたその斬新なDJプレイはもはや唯一無二のものであり、時代に流されることなく普遍的な輝きを放ち、テクノ・ファンのみならず全てのダンス・ミュージック・ファンから絶大なる支持を得ている。

 ここ数年もデトロイト・テクノのドキュメンタリ―DVD『HIGH TECH SOUL』が発売され、新しい世代からも再び注目を集めている。また『鉄コン筋クリート』のサウンドトラックのリミックスを制作。長年彼の新作を待ち望んできたファンには最大のプレゼントになったであろう。

 世界中を旅していて日本でのプレイが最も好きだと語るデリック、きっとまた素晴らしいプレイで僕らを感動させてくれるに違いない。

http://www.derrickmay.com
http://www.myspace.com/derrickmay

DERRICK MAY

>> 石野卓球

 1989年にピエール瀧らと"電気グルーヴ"を結成した中心人物。1995年には初のソロアルバム『DOVE LOVES DUB』をリリースし、この頃から本格的にDJとしての活動もスタートする。

 1997年からはヨーロッパを中心とした海外での活動も積極的に行いはじめ、1998年にはベルリンで行われるテクノ最大の野外フェスティバル"Love Parade"のFinal Gatheringで100万人の前でプレイするという偉業を成し遂げる。

 また、ドイツ・テクノシーンの重鎮、WestBamとユニット"TakBam"での活動など、海外のアーティストとのコラボレーションも盛んに行っている。同年にレーベル"Loopa Recordings"を設立。1999年からは1万人以上を集める日本最大の大型屋内レイヴ"WIRE"を主催し、精力的に海外のDJ/アーティストを日本に紹介している。

 2002年は、2002 FIFA World Cup TMの公式アンセム(ヴァンゲリス作)のリミックスや、シティボーイズのライヴ『パパ・センプリチータ』の音楽プロデュースを手掛ける。2003年には渋谷のクラブWOMBにてレジデントDJを務めるレギュラーパーティー"STERNE"でライヴレコーディングされたDJ MIX CD『IN THE BOX〜Live at WOMB Tokyo〜』をリリース。同時期にインディーズレーベル"PLATIK"を設立。

 2004年3月に約3年振りとなるニューアルバム『TITLE♯1』、4月には『TITLE♯2+♯3』と2ヶ月連続で2枚のアルバムをリリース。この3作をまとめた海外編集盤『TITLES』は、ヨーロッパ各国をはじめ、韓国、台湾、マレーシアなどのアジア各国でもリリースされた。

 2005年12月には4枚目となるDJ MIX CD『A PACK TO THE FUTURE』をリリース。2006年はTOKYO No.1 SOUL SETの川辺ヒロシと新ユニット"InK(インク)"を結成し、オリジナルフルアルバム『C-46』(キューンレコード)をリリース。2007年8月にはセカンドアルバム『InK PunK PhunK』(キューンレコード)リリースした。

石野卓球

>> DJ WADA

 「あまりにも長くDJをやりすぎて、生活がDJになってしまった。DJ抜きの生活は考えられない」(「ele-king」誌 1998年10,11月号インタビューより)80年代初頭の六本木のディスコ「キャステル」よりDJのキャリアをスタートしたDJ WADA。現在約30年近くになるそのキャリアが培った、一見しただけでは説明できないほど複雑なEQの操作とフェーダーさばき…そんな正確無比なテクニックを持ち日々ダンス・フロアを操ってきた彼は、筋金入りのクラブ・フリークからも熱く支持されるDJである。

 六本木時代からの仲間のDJ/プロデューサー、Heigo TaniとのユニットCo-Fusion名義では3枚、Atom名義では1枚のアルバムをリリース。アナログで発表した作品は20タイトルを超える。数々の国内大型パーティーへライブ・アーティストCo-Fusionとしての出演を重ね、DJ WADAとしても日本のテクノの歴史を語る上で欠かすことのできないイベントに数多く出演。世界基準の音楽性やスキルは海外からも注目を集め、多数海外レーベルからの作品でも第一線のアーティストに全くひけをとらないクリエイティビティを発揮し、ヨーロッパ圏、アジア、アメリカなどへの遠征を重ね、合わせると10カ国以上でのプレイを果たしてきた。

 ‘05年にクローズした伝説のクラブMANIAC LOVEでは12年間毎週土曜のレジデントDJを務め、その安定した人気と良質なテクノのレギュラーパーティー「Cycle」の名を知らしめた。英「MUZIK」誌においても2000年には彼のパーティー「Cycle」およびMANIAC LOVEが世界のベスト・クラブに選ばれたという事実が示すように、そのプレイを聴いた多くのパーティーフリークが彼のDJのファンとなり、さらに、同業者である多くのDJ達も彼の影響を受けたと公言する、まさに日本が誇るDJの中のDJである。

 '08年にはキャリア初となるソロ・アルバム「Final Resolution」をリリース。'09年にはそのアルバムにさらに新しいミックスを追加し、ドイツの老舗レーベルHarthouseよりリリース。そして’09年10月、満を持してニューアルバム「ONE」をドロップする。

www.myspace.com/djwada


ONE

O N E / D J W A D A
2009年10月21日発売

型番:IDCS-1031 / 価格:¥2,625(税込)
レーベル:Sublime Records (03-5468-5666)
発売元:Musicmine(03-5774-5509)
販売元:ユニバーサル ミュージック  

Track List (全10曲): 1. one / 2. alternate life / 3. falaba / 4. kalin / 5. madagascar 6. quantum / 7. choose one / 8. albino / 9. first contact / 10. pino

DJ WADA
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